Kyoto City University Of Art annual exhibition 2020

Lu Wanjing 盧 琬京 保存修復

大学院美術研究科保存修復専攻修士2回生の盧琬京(ろ・えんきょう)さんにお手紙でお話を伺いました。お手紙の往復の時間を生かして、より制作・研究について詳しく掘り下げた濃密な内容になっています。

現在、盧さんはどのような制作・研究をされているのでしょうか?
保存修復専攻に進む前はどんなことをされていたのかもお聞きしたいです!

ご質問いただきありがとうございます!

1.
日本へ留学に来てから、保存修復専攻で勉強して三年目となります。日本の料紙(典籍,経典などの装飾を施した紙)に用いられている様々な装飾技法及びそれらと書画が融合する絵画表現に深い興味を持っており、今は装飾経の代表たる「平家納経・厳王品」における装飾技法の研究をしています。

「平家納経」とは平安時代末期、平清盛を中心とした平家一門が厳島神社に奉納した、随所に装飾の魅力が感じられる装飾経です。表紙と見返しに絵が描かれ、本紙にも装飾下絵が描かれ、料紙の装飾技法と絵画が一体となっている数少ない絵画遺品であることから、その時代の美術に関する総合的な価値を有しています。

私の研究では、「厳王品」における典型的な大和絵の見返し・表紙と本紙の華麗な装飾技法について考察します。想定復元模写(描かれた当時の状態を再現する方法)を通じて、「厳王品」に用いられた個々の装飾技法を再現し、それらが融合した当初の姿を復元することを目指します。復元模写にあたっては個々の技法をひとつずつ検証して見本を作ることで、他の絵画制作者に装飾技法の応用を啓発し、「平家納経」の使われなくなりつつある技法の伝承に役立てれば幸いです!

2.
保存修復専攻に進む前に、私は中国美術学院の芸術設計学を専攻しました。その中の文化遺産学を勉強していた間に、いろいろな文化財を見学したり、博物館へ行ったりして、多元的な伝統の美術に惹かれました。そのため、伝統的な美術の技術と理念を勉強し、彼らの生命力を引継ぎたいと思っています。

平家納経について調べてみると、確かにとても華やかな装飾が施されていて圧巻でした…!

昨年度までは主に大学で模写や研究をすすめていたのでしょうか?
今年は大学に自由に行けない期間があったかと思うのですが、自粛期間はどのように制作や研究をされていたか教えてください!

そうですね。昨年度までは主に大学で模写を中心とする研究を進めていました。
自分の研究以外、先輩と後輩と一緒に様々な作品の科学調査を行ったり、作品の修理をしたりしますね〜

「平家納経・厳王品における装飾技法の研究 ー復元模写を通じて」は二年を費やす研究です。修士一年の時、「平家納経・厳王品」の表紙と見返しを考察し、想定復元模写を行いました。修士二年の計画は、本紙の想定復元模写を完成させてから、模写した見返しと表紙を合わせ、巻物の形として仕上げたいです。

大学に自由に行けない時、家で文献を調べたり、本紙の染め色を復元するために染めテストをやってみました。また、先生の許可を受け付けた上で一回学校に戻って、少しの模写用道具を持ち帰って、家で「平家納経・堤婆品」の表紙の想定復元模写をやってみました〜

左:「平家納経・厳王品」表紙の想定復元
右:「平家納経・厳王品」見返しの想定復元
「平家納経・提婆品」表紙と見返しの想定復元

保存修復専攻は、模写・研究・科学調査などさまざまなことをしていて、とても忙しいイメージがあります…!
制作(研究)の記録や作業の様子がわかる資料があれば見せていただけますか?

「平家納経・厳王品」の表紙に用いられている装飾技法は、紙染め、金銀砂子撒き、葦手絵、切箔、截金など何種類かあります。今回見せるのは紙染めと銀砂子(ぎんすなご)撒き技法の作業風景です。
紙染めについては、文献を参照した上で、天然染料の茜、紅花と黄蘖(きはだ)の染めテストをやってみました。いろいろ考えてから、本番の復元作業は紅花と黄蘖の重ね染め方法を採用しました。銀砂子撒き技法に使う道具は砂子筒、砂子筆と瑪瑙(めのう)棒です。
他の技法の復元作業は制作展前に終わらせると思います。制作展の時は完成させた巻物を展示したいです。

もし質問があれば遠慮しないで言ってください!

紙染めのサンプル
銀砂子撒きの工程

とても見応えのある写真をたくさんありがとうございます! 
銀砂子を撒く工程では、紙を撒きたい形に切り抜いて型をつくってから、網目のある筒で撒いて、そのあとめのう棒で磨く、ということですかね? 接着剤のようなものを塗っているのでしょうか?

ここまで見て、盧さんの好きな作業が気になりました。逆に難しいと思う作業についても…もしあれば教えてください!

銀砂子を撒くのに用いる接着剤は布海苔や三千本膠です。砂子筒は網の密度によっていくつかの種類がありますが、私の作業の場合は、基本的に先に一回網目が粗い筒でまいて、網目のが細い筒でたりないところに撒きつづけます。

復元模写にとって、一番大切なものは科学的な根拠だと思います。
たとえば、原作の色は何絵具でつくられたのか、原作の基底材は当時に何の紙(あるいは絹)が使われたのか、このような問題点を自分の目あるいは経験だけによる判断するではなく、科学調査・文献調査に基づいて、考察と分析を行う必要があります。
私の研究の場合、一番困っているのは、原作の科学調査を実施する機会に恵まれないことです。科学調査ができれば、材料の分析をより深くすすめるかもしれません。また、同じ材料ですが、産地、生産時間などによる性質が微妙に変わります。そのため、できれば原作と同じ材料を使っても、原作の制作当初の姿を100%に復元できるとは言えないです。ただ、復元による今となっては知ることができない「平家納経・厳王品」制作当初の姿の一つの可能性を提示できれば幸いと思います。

ふのりや膠って、工芸科や日本画専攻でも使われているのを見ます。けっこういろいろな分野で使われているんですね〜

とても詳しくご説明いただいてありがとうございました! ちょうど先日(12月)、留学生展で盧さんの作品を見ることができました〜

最後に、今年の作品展を見に来られる方へメッセージをお願いします。

留学生展を見に来てくれて、ありがとうございます!
そうですね、接着剤の分野が広いですね。普段岩絵具に使う三千本膠より、ふのりのほうがやさしいです。接着剤を塗りすぎると紙が弱くなるので、今回は主にふのりを接着剤にしています。

現代の審美から多数の復元模写を観賞すると、なかなか納得できないかもしれませんが、私たち作者にとっては、復元模写作業からいろいろ勉強になります。

“金波、銀波が満ちる装飾経の魅力を伝えたいです〜”

ありがとうございました! よいお年を〜

インタビュー: 野村翠

前のページに戻る