Moeko Awasaka 粟坂萌子 彫刻
美術研究科彫刻専攻修士1年生の粟坂 萌子(あわさか・もえこ)さんに、お手紙でお話を伺いました。
粟坂さんは、大学院から本大学に入学し精力的に制作活動を行っています。前大学で陶磁器を専攻していたこと、チェコへの留学など…ご自身の経験のすべてを作品制作に活かす姿がとても魅力的です。
お手紙インタビューを受けて下さり、ありがとうございます。では早速ですが、現在主に取り組んでいる制作についての説明をお願いします。
こちらこそ、このような貴重な機会を頂き、ありがとうございます。精一杯、インタビューに答えていきたいと思っています!宜しくお願いします。
今、取り組んでいる制作は、展覧会に出展するために、作品を作っています。
具体的な内容は、「自身のからだの末端(お尻)で、線を描く。」ということを超真剣にしています。お尻は私の身体感覚の中で、一番遠く鈍い部位だと感じています。そこに注目を置き、体のごくわずかな接点から描かれた線が、離れて眺めたとき、山脈が連なっているような、壮大なスケール感になる作品を目指しています。
私は、学部の3回生までは主に陶芸を専攻していました。現在は彫刻専攻だからこそ、様々な素材を使って制作していきたいと思っています。また、今でも”土”という素材にはこだわりを持って使い続けています。何故なら、からだで残した形をそのまま写してくれたり、時間の流れさえも表現できる点に惹かれているからです。今後もこだわっているポイントを軸に様々な可能性を見出していけたらと思っています!!
作品のお写真ありがとうございます!1枚目の作品は滑車のようなものが見られますが、これはまさかお尻で線が描けるのですか…!?
「お尻で線を描く」という興味深い視点をお持ちですが「お尻」に注目するきっかけや体験などあったのでしょうか?
また、粟坂さんはチェコへ交換留学のご経験があるとお聞きしました。当時の思い出や印象深い出来事などはありますか?特に、作品作りに影響や変化をもたらした体験などあれば是非お聞きしたいです!!
嬉しいコメントありがとうございます!そうなんです。お尻で線を描くために、滑車の装置を作りました。この滑車とロープを使って、自分自身を引っ張り、作品を作りました。この作品を作ろうと思ったきっかけはコロナウイルスの影響があるかもしれません。コロナによって、他者に触れることや、間接的に同じものに触れることさえも容易にできなくなりました。私はこのことから”触れる”ということを改めて考え直しました。
そんなある日、お風呂に入った時に、浴槽にはりついた垢がとても気になったんです。指先で触れると、指紋に吸いついてくるのがわかるくらいはっきりとした間隔があったのですが、お尻で触れてみたとき、指先とは全く違う感覚があることに気がつきました。それは、自分にとって鈍く遠い皮膚感覚だったんです。そんな自分自身の末端を使って、世界に触れる試みをしてみました。
チェコに行けたことは、今の自分にとって本当に大きかったなぁと振り返ってみて思います。正直、留学に行く前はチェコじゃなくても海外に行ければどこでもよくて、全く知らない世界を見てみたいという好奇心だけで動いていました。英語もろくにできないまま飛びこんでしまったため、数えきれないほどの大恥をかきました…。
でもそれ以上にチェコだけでなくたくさんの国をめぐる中で、自分が勝手に決めつけていたceramic art. という分野の表現の幅に触れられたことが大きかったです。また言語が分からない分、人や自然をより観察することが多くなっていたように思います。はじめの頃は、自分と他人との見た目や言語の違いばかりに目がいって、嫌悪感を抱くこともありましたが、最終的には顔や言語が違っても、結局人類皆一緒だなぁと妙に腑に落ちた感覚がありました。
世界の中で、自分と他者とを見つめなおした結果、自身のからだを使って制作する現在のスタイルに繋がったのかもしれません。
何気ない日常に気付くきっかけの1つがコロナウイルスだったとは…。しかし、コロナウイルスの影響で、前期の4,5月は大学での制作が出来ない状態だったと思います。その間はどのように制作を進めていましたか?
なんと!粟坂さんはチェコの他にも多くの国をめぐられたのですね、印象深い国などありますか?
いつも温かいコメントありがとうございます!
今現在は、お返事したようにポジティブなことが言えますが、コロナ渦中の4,5月は私にとってとても苦しい期間でした。私は大学院から京都市立芸術大学に進学してきたので、桂の方に引っ越してきた当初は、ほとんど知り合いがいない状況でした。
そんな状況だったので仕方なく、4月から3ヵ月間ほどは実家のある岐阜に帰省して、オンライン授業を受けながら制作をしていました。制作と言ってももちろん大学のように設備が整っているわけではなく、思いっきり制作したいのにできない状況が続きました。なかなかモチベーションも上がらず、フラストレーションが溜まりまくっていましたね…笑。
それでも何か手応えが欲しくて、私は自身の身体を使って何らかのアクションを空間に残す、実験的な制作を繰り返していました。
そんな中で作品として形になったものが、私自身が入れるだけの穴を掘って身を埋めるという行為です。世界が口を揃えて”三密回避”と唱える中で、私は唯一、『密』の拘束から解かれる方法として土を掘り、中に入りました。今振り返ってみると、土と密着することで精神的な安定を求めていたように思います。作りたかったわけではなく、作らざる得ない作品でした。私は作品を作るということで、救われていたのかもしてません。
特に印象深かった国はハンガリーですね。チェコに留学していましたが、留学先の大学とハンガリーの大学が協定校だったため、1週間ほどハンガリーに滞在して、窯焚きの体験ができました。もちろん窯焚きの経験はとても勉強になりましたが、私は街や人にも惹かれました。ハンガリーには、温泉が数多くあり、自然が豊かで日本に近いものを感じました。
また、私の偏見がかなりあるとは思いますが、人がとても優しくて、ダンスが好きで陽気な人にたくさん出会えたように思います。私にとって遠いようでどこか近い、居心地の良い国でした。機会があればもう一度行きたい国の1つです!
京都市立芸術大学にいらした初っ端でこの状況ですもんね…。しかしご実家で制作とは精力的な!オンオフの切り替えが難しそうですが…
今までもご実家で制作活動されたことはあったのでしょうか?(なかったのならばスムーズにいかないことも多かったのではないでしょうか…?)
作品の写真ありがとうございます!モチベーションがあがらなかった、とのことですが、作品作りのモチベーションをあげる工夫などはされていましたか?
そうなんですよね…。私は、京都でも家ではほとんど制作をせず、学校に行くことで自分のやる気スイッチを入れるタイプなので、実家での制作はある意味修行のようでした笑。実家で制作するのは今回が初めてのことで、こんなに大学の設備を愛おしい!と思ったことはないくらい、全然うまくいかなかったですね汗。
また、同様に、長期間にわたって両親と生活するということも、今までにない経験でした。
だから、普段話すことはなかなかありませんでしたが、作品のことを少し説明してみたり、制作に行き詰まった時は、一緒に山へ行って登ったりと、気分転換の手助けをしてくれたのは、とてもありがたかったです。作品作りのモチベーションにもなっていましたね。
今後もきっと作品制作の中でイレギュラーな状況がたくさんおこりそうですが、そんな状況を楽しむくらいのスタンスで作品が作れたらなぁと思います。
では最後に質問です!
粟坂さんにとってははじめての京都市立芸術大学での作品展ですが、作品展に向けて思案していることなどはありますか?また、学部生だったころの(前の大学の)作品展とは心持ちなどにおいて異なる部分はありますか?
例年とは違った制作環境でしたが、今後の制作への影響などもぜひお聞かせください‼
そうですね。作品展では、お手紙にお書かせてもらいましたが、帰省中に土に穴を掘って私の身体を埋めた作品をブラッシュアップして展示したいと思います。
京都に戻ってきた7月頃から粘土と樹脂を使って穴の痕跡を残す作品を制作してきました。今回はこの作品を一部屋使ってインスタレーションする予定です。私は、一見おかしくてくだらないことに対して真正面から向き合いたいと思っています。それは外から見たら滑稽に見られたとしてもそこから生まれた作品たちに大きな可能性を感じています。ぜひ言葉だけではなく、体感してもらいたい作品ですので、作品展では沢山の方に来ていただきたいです。
前大学では、作品展は卒業生のみが展示するということが京都市立芸術大学との一番の違いだと思います。学部生だった当初は、3年間先輩方の作品展を見て年々現実味を帯びていくようなものでした。
だからあと2回も作品展ができると思うと、ちょっと得したような気持ちもありますし、今年はもっと挑戦的な展示をしてみるのもいいかなぁと思っています。とにかく、この一年は沢山悩みましたが、公募展や作品展に向けて作品を作り続けてきました。改めて振り返ってみると京都市立芸術大学はやりたいことを、とことんやらせてくれる環境で、とても充実しているなぁと感じています。
また今後も、自分にないものを沢山持っている愉快な人たちに出会えるチャンスがあるので、多くのものを吸収して新しい表現方法に挑戦していきたいと思います!